顕微鏡システムの倍率・開口数(NA)・分解能
顕微鏡システムは、高倍率であるほど、対象物が見えやすくなるわけではありません。倍率と分解能に関する誤解は、特に半導体検査、医用イメージング、測定など高精度な撮像が求められる用途において、システム設計の不備や微細な構造物の検出漏れにつながります。この記事では、倍率・開口数(NA)・分解能の関係性を正しく理解したうえで、ミクロン/サブミクロン単位の精度を備えた高性能な顕微鏡システムを構築する方法について解説します。

顕微鏡システムの倍率
微細な構造物を拡大して観察する顕微鏡システムには、光学倍率とデジタル倍率の2種類の倍率があります。
1. 光学倍率
対物レンズと接眼レンズにより、撮像前(センサーに投影される前)に対象物を光学的に拡大することを光学ズーム、その倍率を光学倍率といいます。顕微鏡システムの総合倍率の計算方法は、同一メーカーのレンズを使用するか、異なるメーカーのレンズを使用するかによって、以下の2種類に分かれます。
A. 公称倍率から計算(既製システム)
既製の産業用/研究用顕微鏡システム(無限遠補正光学系)の場合、対物レンズに記載されている倍率(10X、20X、50Xなど)は、標準焦点距離(通常は200mm、メーカーによっては180mm、165mm)の接眼レンズと組み合わせることを想定した数値になっています。

B. 焦点距離から計算(カスタム/OEM製システム)
カスタムシステムやOEM製システムを構築する場合は、公称倍率ではなく、焦点距離から総合倍率を計算します。
M総合=f接眼レンズ / f対物レンズ
f接眼レンズ: 接眼レンズの焦点距離
f対物レンズ: 対物レンズの焦点距離
この計算方法は、異なるメーカーのレンズを使用する場合や、コンパクトな顕微鏡システムを構築する場合に適しています。
計算例
200mm接眼レンズ+20mm対物レンズの総合倍率=200÷20=10X
100mm接眼レンズ+20mm対物レンズの総合倍率=100÷20=5X
なお、接眼レンズの中には、最終的な対象物の拡大率の目安として、公称倍率(0.5X、1X、2Xなど)が記載されているものもあります。
顕微鏡システムを構築する場合、既製システムは公称倍率、カスタムシステムやOEM製システムは焦点距離から総合倍率を計算します。いずれの場合も計算精度に違いはないため、システム要件や性能要件に応じて最適な方法を選択するとよいでしょう。

システム設計の注意点
有効倍率が高いほど、視野角(FOV)は狭くなるため、広範囲を撮影する場合は、画像を結合しなければなりません。
倍率を上げても、開口数が小さいままだと、画像全体が伸びるだけで(重複撮像)、分解能は向上しません。
ナイキストの定理(標本化定理)に基づき、折り返しノイズ(エイリアシング)を防止するには、最小検出画素数として2画素が必要です。
例外
物体そのもの(存在の有無など)を検出する場合は、1µmの画素ピッチがあれば十分です。
形状やエッジ、パターンを検出する場合は、情報ロスのない鮮明な画像を取得するため、ナイキストの定理を十分に考慮する必要があります。
計算例
カメラの画素数5MP(ピクセルサイズ3.45µm)、最小検出サイズ1µmの場合
3.45µm÷1µm=3.45 → 必要倍率=6.9X
この場合、センサー上の6.9µm(3.45µm×2画素)の範囲に1µmの対象物が投影されます。
2. デジタル倍率
画素補間により、撮像後(センサーに投影された後)に画像を拡大することをデジタルズーム、その倍率をデジタル倍率といいます。光学ズームと異なり、デジタルズームには追加の空間情報がないため、以下のようなデメリットがあります。
有効分解能の低下
補間エラーの発生
高精度な撮像(半導体検査など)が難しい
検査・測定用途の場合は、デジタルズームではなく、光学ズームを採用するとよいでしょう。
分解能と開口数(NA)
倍率がセンサー上の像の大きさを左右するのに対し、開口数はシステムの分解能を左右します。以下では、分解能と開口数の関係性、用途に応じた両者のバランスの取り方について見ていきます。

開口数(NA)の定義
開口数は、レンズの集光能力と解像力を示す指標として、画像の解像度・鮮明度・明るさに影響し、その値が大きいほど、分解能が向上します。開口数の計算方法は、以下の通りです。
NA=n ∙ sin
n:対物レンズと対象物の間にある媒質の屈折率(空気の屈折率=1.0、油の屈折率≈1.5)
:対物レンズの集光角度の1/2
開口数が大きくなる条件
媒質の屈折率(n)が空気より大きい(油、水など)
絞り径が大きい
レンズの集光角度が小さい(撮影距離が短い)

分解能と開口数(NA)の関係性
光の回折による解像限界
分解能=0.61⋅λ÷NA=0.61λ÷(n ∙ sin )
λ:光の波長
開口数が大きいほど分解能は向上するため、ウエハー検査、測定をはじめ、エッジやパターンを検出する用途では、開口数の大きさが重要になります。
しかし、センサーのピクセルサイズ・倍率と、ナイキストの定理に基づくシステムの分解能が合っていなければ、微細な構造物を捉えることはできません。
※上記の計算式は、光の回折とレイリーの解像限界に基づく分解能の算出方法を示したものです。集光による回析パターン(エアリーディスクなど)の形成を含め、光の回析と解像限界の詳細についは、別の記事で解説する予定です。

開口数を大きくする際の注意点
開口数を大きくすると、分解能と明るさが向上します。しかし、開口数が大きいレンズには、以下のようなデメリットがあります。
撮影距離が短い(試料操作が困難)
被写界深度が浅い
高精度な位置調整・ピント合わせが必要
撮影環境の変化に弱く、レンズ自体も高価
このほか、システム全体のコントラストに影響する指標として、以下で説明する像側開口数を考慮する必要もあります。
物体側開口数と像側開口数
顕微鏡システムの開口数には、物体側開口数と像側開口数の2種類があり、それぞれが画質に大きく影響します。

定義と関係式
物体側開口数と像側開口数の定義は、以下の通りです。
物体側開口数(NA):対物レンズが物体側から光を収集する能力
像側開口数(NA′):接眼レンズが像側(センサー側)から光を収集する能力
物体側開口数と像側開口数の間には、以下の関係式が成立します。
NA=β×NA'
β:横倍率(物体の大きさ÷像の大きさ)
倍率を上げると、物体側開口数が大きくなる一方で、像側開口数は小さくなります。一般的に、微細な構造物を捉えるには、倍率を上げて物体側開口数を大きくしなければなりませんが、そうすると像側開口数が小さくなるため、画像が暗くなったり、ブレたりします。

物体側開口数と像側開口数の関係性
顕微鏡システムを設計する際は、以下の関係性を理解することが重要です。
物体側開口数が大きい=分解能が高い
像側開口数が大きい=結像性能が高い(像側開口数が小さいと、高空間周波数領域においてコントラストが大幅に低下)
像側開口数は、コントラスト再現性の指標である MTF(変調伝達関数) と密接に関係しています。像側開口数が小さいと、以下のようなデメリットがあります。
高空間周波数領域においてMTFが大幅に低下
十分な分解能があるにもかかわらず、微細な構造物の検出精度が低下(または検出不能)
このように、物体側開口数を大きくして分解能を向上させても、像側開口数が不十分であると、検査・測定用途に求められるコントラストを確保できません。
まとめ
顕微鏡システムを構築する際には、倍率・開口数・分解能のバランスを取ることが重要です。いずれか一つでも欠けていると、十分な画質を確保できません。
倍率:センサー上の像の大きさを示す指標。重複撮像や撮像漏れを防止するには、カメラのピクセルサイズを合わせて倍率を調整する必要があります。
物体側開口数(NA):分解能を示す指標。物体側開口数が大きいと、分解能と明るさが向上しますが、被写界深度は浅くなります。
像側開口数(NA′):結像性能を示す指標。像側開口数が小さいと、高空間周波数領域においてコントラストと検出精度が大幅に低下します。
結論
顕微鏡システムを使用して高倍率撮影を行う場合は、物体側開口数を大きくして分解能を向上させるとともに、像側開口数を調整してコントラストを維持するなど、分解能・コントラスト・視野角のバランスを取るとよいでしょう。